一瞬、ハッとした。
角を曲がると、窓から誰かに声を掛けられるのかと思ったからだ。
無論、直ぐにフィギュアだと理解したが、人形も原寸大になると実感味がある。
ここの、つまりグレート・ウエスタン鉄道博物館「STEAM」の展示方法は、全体に実感味があり、誠に興味深かった。
これがグレート・ウエスタン鉄道ミュージアム「STEAM」の外観で、イギリスのスウィンドンにある。
実は私のスケジュールで、お昼にリバプールを出て、ロンドンを経由してスウィンドンに到着し、駅から徒歩で10分の「STEAM」にはネットで調べていた閉館の5時より約1時間前の4時過ぎに、まさに予定どおり到着した。
そしてチケットを買おうとすると、
「もう終了です」と言う。
「閉館は5時ではないのですか」と言うと、
「ここの展示を見るのには1時間かかるので入館は4時で終わるのだ」という。
「そ、そんな、むむーっ」・・・
止むを得ない、卑怯な手だが、
「私は日本から、このミュージアムを楽しみに来たのだ」と。
「終了です」何とも味気ない答え。
こうなるとネバりたくなる。
「じゃあ、せめてカッスル(Castle class=グレート・ウエスタンで最も有名な機関車)だけでも見せてくれないか」と。
すると、外人得意の両手を広げた、しようがない、という素振りを見せると。
「それでは、私について来てください」と、館の中に案内され、何かショートカットして、いきなりカッスルの前に出た。
「ここだけで、見たら戻って出て下さい」
「勿論です、ありがとう!」と私は言い、念願のカッスルの本物に出会った。
因みに、私の英語はあくまでカタコトであることを付け加えておきたい。
カッスルの展示は車両と、そして線路にはピットが掘ってあった。
そのピットに降りて、下から見上げた。
カッスルは4気筒であり、外側2気筒は普通の蒸気機関車同様にロッド類が見えるが、内側2気筒は、このように、まるでドデかい自動車のコンロッドとクランクシャフトのようで、とても綺麗な作りになっていたのだ。
ひと回り見ると入口に戻り、礼を言って「STEAM」を出た。
駅に戻り、そこからタクシーでホテルに向かった。
明日は朝からイングランド南西部のデヴォン州に行く予定だ。
翌日、しかし私は「STEAM」に居た。
「また来ました」と昨日の50代後半と思しき方に言った。
笑顔で「ようこそ」と返してくれた。
「ではチケットをお願いします」と言うと。
チラチラ私の顔を見ながら、「貴方はシニア?」と聞く。
そうか、価格表にはシニア割引が書いてある。
こちとら、もうすぐ70歳だ。
「シニアです、日本人は若く見えるでしょうが・・」と。
すると、またチラチラと顔を見て、
「キッズではないよね?」
とくるから面白い。
如何にもイギリス人らしい、ひと捻りあるジョークである。
そんなこんなで、私は予定を大きく変更して、この「STEAM」を見ることにしたのだ。
まずは昔の切符売場と待合室。
無論、切符売り場の中の人は人形だ。でも、こうしてチラリと人の姿が見えるだけでも場が生きる。
オッサンなんかやったのか?
駅長室で、駅長の前で首を垂れる人。
勿論、原寸大のフィギュアだ。
何かの計り売りをしているお店、昔のKIOSKなのかな。
女の人は今にも動き出しそうだ。
荷車と貨車の荷渡し風景。
もう、お判りのようにフィギュアによるシーンである。
これは木造客車の製造風景だ。
カンナを掛ける職人さん、こうやって手作業で作っていた訳だ。
凄いもんですね。
それにしても車両断面の各部のRが美しい。
驚くのは、昔は女性も蒸気機関車の製造に関わっていたんだ。
こうして蒸気機関車の製造風景を再現するのは珍しい。
各部の部品は全て新しい物だし、まだ塗装を施す前の部品もある。
因みに、左前方の青シャツは本物の人間、判るだろうけど。
これがグレート・ウエスタン鉄道を代表する機関車カッスル クラス。
まずは、何とも好ましいスタイリングが目につく。
前方、ボイラーの下の銀色の円形がインナーシリンダーで尻棒カバーが突き出ている。
アウターシリンダーは通常より少し後ろに位置し、その前からバルブギアへのリンクが出て車体内部に、そしてインナーシリンダーと連携させているようだ。
写真はピントが甘くて恐縮だが、
こんな、蒸気機関車を運転する姿も再現されていた。
かなり古い機関車で幅も狭い。運転士の耐候性などは、昔はかなり無視されていた様子だ。
駅。
“ザ・ブリストリアン”のヘッドマークを付けたキング・クラスの機関車。
雰囲気の良い駅の建物。軒先の装飾はイギリスの駅の特徴でもある。
その軒下のベンチにはご夫人の姿が見える。
反対側から見るとこんな感じで、飲物を売る女性と、その向こうのベンチには前述の子供連れの親子だった。
当然ながら1925年当時のイギリスを知っている訳では無いにもかかわらず、何故か懐かしいようなシーンに思えてしまった。
というように、なるほど、ここの見学に1時間かかるというのは頷ける。
鉄道博物館の多くは、あくまで鉄道車両の展示が主体となっている。
しかし「STEAM」では、鉄道を取り巻く様々なシーンを再現していて、それらのシーンの中に居るような構成となっており、とても楽しめるものだった。