久しぶりに車の話でもしようか。
ずっと以前に乗っていたプジョー405の話でも。
そもそも、プジョー405が欲しいと思ったのは、軽薄に思われるかも知れないが、そのデザインにあった。
というのも、もともとピニンファリーナのデザインが好きだった。
フェーラーリのデザインに代表されるカロッツエリアだけど、デザイン的に自由度の高いスポーツカーだけでなく、制約の多いセダンデザインに於いても素晴らしいデザインを生み出していることに感銘を受けていた。
貧乏人ながらも生涯に一度はピニンファリーナ・デザインの車を所有したいと思っていて、何とか手の届きそうな405も、そのデザインがとても気に入っていたからで、それこそ中身が良く無くても納得しようとさえ思っていた。
そして、うまく新古車を見つけ出して新車価格より70万円も安く手に入れることが出来た。
手に入れてからも時折、車を見つめていた。大袈裟に聞こえるかも知れないが、工業製品というよりも、何か美術品を眺めるように見ていたと思う。
昔の車のデザインは高級感を出す為にメッキモールを多用し、曲面や折りにより重厚感が感じられる。一方、現代の車は飾りを減らし、空力を考慮した平滑なデザインとなり、ややもすると安っぽいデザインの車になりがちである。そうした新しいデザインの流れにあっても、405は薄っぺらさを感じさせず、彫刻のような面構成を感じる。そして個性を表現しつつも、純粋に美しいと感じさせるデザインは、流石ピニンファリーナ・デザインと感心していた。
サスペンションが猫足であることは想像していたが、意外にも、むやみに柔らかいだけではなかった。ダンピングが非常に良く効いていて、乗り心地と共にショックの吸収能力が非常に優れていた。それまで乗っていた車では構えて通過する目地段差の場所も405では見事にショックを吸収するので、そこを通過することが楽しくなるほどの素晴らしい乗り心地だった。それは見事なまでの出来栄えのショックアブソーバーと共に、大きなサスペンションストロークも寄与していると思われた。特に乗り心地を左右するリアサスはトレーリングアームによりタップリとストロークがある。
そのトレーリングアーム式のリアサスは乗り心地と共に、ブレーキング時の安定性にも貢献していた。つまり、ブレーキを掛けた時の反トルクを利用してアームを押し下げ、車体リアを沈み込ませることでピッチングを抑えて安定を得るもので、特に高速道路のカーブの中でのブレーキング時の安定性は抜群であった。従って、その潜在的な安心感から高速道路のカーブの続く場所や、下り坂の走行時に気持ちに余裕を持って走れた。
面白いのは、前進時のブレーキでリアが沈み込むということは、バック時にはブレーキを掛けるとボコッとリアが持ち上がった。
エンジンに関しては、ごく普通のエンジンで、特にパワーがあるわけでは無いしレスポンスも良く無い。それに、何かガサガサした印象で、ホンダのエンジンがスムーズでモーターのように例えられるのと対局にある。サスペンションがあれほど緻密に仕上げられているのに、同じ車でありながらエンジンの仕上げは何故こうも雑なのかと不思議に思えるが、足に重きを置くフランス車らしいとも言えよう。
加速時のレスポンスの悪さを補うようにミッションのキックダウンは反応が早く下のギアで走らそうという意図が見える。しかし高速道路では90キロあたりに速度が落ちると3速に落としたがるのも面倒な話で、うるさい感じが否めない。それは街中でも早め早めにシフトを落としてエンジンブレーキを効かせるので、信号で止まる時も、殆どフートブレーキは軽く踏むだけでエンジンブレーキで減速するので、最後に少しフートブレーキを使って止める感じだが、やはり惰行が少な過ぎるのも不自然な感じだった。
一方、シートは逸品である。座ったとたんにピタッと体に合う感じで何とも気持ち良い。硬さもシート表面は柔らかいが内側はシッカリと硬い構造で、絶妙の作りだ。
仕事柄、長距離を何度も走ったが、腰部を含めて、体が痛くなるようなことは殆ど無かった。(写真は二玄社シトロエン プジョー誌より)
但し、全く不思議なのだが、それほど素晴らしいサスペンションとシートであるのに、長距離走行の後はドッと疲れが出るのだった。
疲れ、というものは、何か独特の要因があるのだろう。
また、デザイン的には後部ウインドの傾斜が精悍さを出しているが、しかし後席に乗ると頭のすぐ上にガラスがあり、絶えず頭が照らされることになるので、家族には大不評であった。ブレイク(ワゴン)なら良かったんだろうけど。
フランス車で一番恐れていたのは故障である。何時もトラブルが出ないようにと、半ば祈るように走っていたが、意外にも殆ど故障をしなかった。一度、サンルーフを開けたら閉まらぬようになり、そんな時に限って雨が降り始めるのだが、焦ってガチャガチャやってるうちに動いてホッとした。それ以降サンルーフを開ける気がしなかった。
あと、確かホイールベアリングがゴロゴロと音が出始めて交換したかな。
ま、覚悟した割には意外と故障が無く10万キロに達した頃。信号で止まった時バックミラーに白い煙が写った。
そして発進すると排気管からブワーと白煙を吹き出して走るではないか。
「オイルが焼けている、ありゃりゃエンジンが壊れた」
燃焼室にオイルが入るということは、ピストンリングが折れてオイルが上がっているか、バルブステムのシールが痛んでオイルが下がったのか、だろう。
”フランス車だけど結構痛まないよ”などと言っていたのだが、最後にドカンと大きいヤツが来てしまった。まさかエンジンが痛むとは・・・
そして車を手放すことになった。
その間、ピニンファリーナのデザインを愉しませてもらい、素晴らしい乗り心地で走り回ったりと、愉しませてもらったから値打ちはあったな、とは思えるけれど、
しかし、そうした価値が消滅していくことはクルマの悲しさでもある。