昨年の8月の新聞だから、もう随分ネタは古いが、朝日新聞の日曜版「フロントランナー」にJR九州のデザインを一手に引き受ける工業デザイナーの水戸岡鋭治氏がとり上げられていた。
以前からJR九州のデザインにはいたく感心していたので興味を持って見ていたが、最近、所用で九州に行った折、改めて氏のデザインの素晴らしさに触れた。
新聞には、「鉄道では3段階の感動があるのが理想と思う。車両を見たとき、車内に入ったとき、座ったとき」とあり、それらはこの885系車両でも具現化されている。
「白いかもめ」や「白いソニック」に使われている、この車両は、白を基調とした美しいデザインであり、とても存在感が強く、駅に停まっているのを見ただけで誰しも乗ってみたいと誘われるものがある。
そして、これが「白いかもめ」のエントランス。いわゆるデッキだが、これが鉄道車両かと度肝も抜かれるデザインである。
因みに床は木のフローリングで、このエントランスだけでなく車両全てがフローリングの床である。
写真があまり良くないが、これが室内。シートは全て本皮シートを採用している。シートバックに「かもめマーク」が入るが、その部分のポケットは切符入れになっている。
ドアに向けてRをとった壁面とクリスタルなドア、カーブを描く荷物棚、そして間接照明とダウンライトを併用した照明の美しさなど、これまでの鉄道車両とは一線を画すデザインである。
実は、これらは以前に行った時に「白いかもめ」に乗った時のものである。
しかし今回、特に関心したのは、こうした優等列車ではなく、普段の足として使われる車両でのことだ。
これは817系で快速や普通列車に使われている。
これが実に快適な車両で乗っていることが気持ち良い。
そのことを知ったのは、乗り物には全く興味が無く、電車に乗ればすぐ寝てしまう、という私の妻が九州に行ってきた折に、この車両に乗って感激して話したことに始まる。
817系の車内。椅子は木の座面と背もたれに皮(本皮)のクッションが貼られている。
木の質感というのは人の気持ちを和らげるものがある。そして皮のクッションが座面と腰と頭部にあるが、これがピタリと腰を支え、この椅子が何とも座り心地が良いのだ。
そして驚くほど大きな窓ガラスも、大きな開放感を与えている。
その座席4列分を占める巨大なガラスからの眺望。理屈抜きで気持ち良く、車窓の景色を存分に楽しめるほか、大きな採光面積の確保で明るい雰囲気の車内となっている。
その車内のデザインもスッキリしていて気持ちが良く、こうして、実に快適な移動空間を作り出していて、鉄道に興味の無い者にも感動を与えたのではないかと思う。
これだけでは面白くない、もう一歩進めてみよう。
例えば、この大きいガラス、何故か。
新幹線のような高い風圧を受ける高速車両では出来ない芸当で、遅い在来線だからこそのメリットを生かしたもの。それと当然ながら強化ガラスの進歩が可能にしたのだろう。
まだある、この快適な大きな眺望もカーテンを閉めたら意味が無くなる。しかし、よく見るとカーテンが無い! UVカットガラスの採用だが、何とも思い切ったもので喝采を贈りたいほどだ。
眺望の確保によるガラスのコストアップを、カーテンの削除で仇をとる見事なデザインだ。
因みに、少し日が当たるだけでカーテンを閉め切る人が日本には実に多い。それは海外ではあまり見られない独特ものだ。時には、日の当たらない側でもカーテンを閉め切ったりと、引き篭りではないかと思ってしまう。
「世界の車窓から」では無いが、車窓の景色は鉄道移動の良さである。カーテンが無い、ザマーミロだ。
よく車内を見ると、まだまだアイデアに満ちている。
窓側席のアームレストは車体の折り曲げを利用していて別部品のアームレストを備えず、コストダウンを実現しているし、車体の折り曲げは強度、剛性にも寄与しよう。
材料にアルミの押し出し材を多用していて、車内がスッキリ見えたことにも作用していよう。
押し出し加工は、型費は最初にかかるものの、一旦型が出来ると、後はアルミを押し出し長い製品作り、それをチョン切るだけで、いくらでも同じものか安く簡単に出来る。
まず網棚、断面を見ればよく判って頂けよう。この形の長いものをスパッと切ったもので、いとも簡単であり、デザイン的にも強度的にもコスト的にも生産性も抜群のアイデアである。
それとドア横の縦の桟。通常ここには掴まり棒があるが見当たらない。この桟は掴めるのかと握ってみると、ちゃんと裏側は指が入って掴めるように断面がC字型になっていた。
これも押し出し材で作ることにより、外付けの掴まり棒を廃し、デザイン的にスッキリとし、かつコストダウンも図っている。
あるいは、運転台もカプセルのように車体とは別作りのものである。
ユニット化して作ることで効率が良いし、それ以前に車体の製造時点で運転席の間仕切りやドアなどが不要となり、ガラン胴の車体を作れば良く、かなり生産効率が良く、コストダウンに貢献しているだろう。
などなど、よく見ると実に色々と良く考えられていて関心をする。
工業デザインとは形だけでなく、機能や生産性やコストを同時に考慮せねばならず、それはむしろ特急車両などよりも、こうした一般の車両の方が要求がシビアであるはずだ。
とはいえ、ある意味で設計/デザインの醍醐味でもあったことだろう。
さて、話が細かくなってしまったが、JR九州は発足当初「経営戦略にデザインを組み込む」として、水戸岡氏(ドーンデザイン)に白羽の矢を立てたことが大正解で、車両から駅舎など広くデザインを任せた。
以降、ブルーリボン賞やブルネル賞、グッドデザイン賞など数々の賞を獲得する斬新な車両を生み出し、多くの人に鉄道の楽しさを提供してきている。
例えば、湯布院に行くにも「ゆふいんの森」に乗って行きたい。あるいは、「白いかもめ」に乗って長崎に行きたい。というように、鉄道を使って行くことが目的にもなっている。
博多の駅に居ると、次々と色とりどりの様々な車両が入ってきて楽しい。そして、九州の鉄道の元気さが伝わってくる。
「デザインは公共の為にあり、デザイナーは公僕だと思う」と新聞に意見を述べておられたが、JR九州の元気を創り出しているとも思え、”デザインの力”を見せつけられた気がした。