私が中学生だった頃、既に車には興味を持ち始めていた。
当時は京都に住んでいたが、ある時、市電に乗って運転士の横で前を見ていた。すると前方を黒い、車とは思えないような妙な形の車が横切った。「なんだ、あれは?」後ろにタイヤが無かったぞ。しかし車であることは間違い無いが、世の中にあんな不思議な形をした車があるのか、と軽いショックを受けた経験がある。その後、本屋で色々調べて、それがシトロエンDS21だと知った。
それから10年余りが過ぎ、車関係の会社に勤めていた時に下取りで入ってきたシトロエンに初めて乗った。それはシトロエンのGSで、空冷1300ccのエンジンを搭載した量産車種であったが、ちゃんとハイドロニューマチックサスを備え、独特の室内の雰囲気と、何とも言えぬ走行感覚が好きで随分と乗り回させてもらった。
その後、年月を経る間にシトロエンの2CVやCX、そしてエグザンティアなどに乗る機会があったが、何れもシトロエンは非常に個性的で興味を惹いた。ただ、新しくなるほどに独創性が薄れていくのはビジネス上、いた仕方の無い事なのだろう。
そんな中、この3月に富士スピードウェイに向かう道すがら、国道246号で、あのシトロエンDSに出会った。左側車線を走っていたので「懐かしいなぁ」と思いつつ抜いて行ったのだが、スピードウェイに着いて暫くすると、私の車の横に、その車が停まっていた。「なんだ、知り合いの車か」と探すと、服部尚貴選手の車だった。
服部選手に乗せて欲しいと言うと、快く応じてくれた。
てっきりキーを渡してもらうものと思ったら、一緒に車の所に行き、色々説明してくれた。そして、運転席に座り操作系の説明を聞くと、これは、いきなり一人では運転することが出来ない車なのだと悟った。だから、服部選手が助手席に乗り、色々教える為に一緒に来てくれたのである。
オートマでは無いのにクラッチが無い。サイドブレーキが判らない。コラムのシフトは前後左右に、コの字型にシフトしていく。ブレーキは床から生えたボタンのようなものを踏む等々、とにかく、初めて乗るには違和感の塊だ。
服部選手の指示に従い、ソロソロと走り始めた。向こう側の1速から、手前の2速にシフトする、ガクン。
「あっ、アクセルは離してからシフトを、踏んだままだとクラッチが切れていないので」
「あー、なるほど」
といった具合で、これは手強い。
ハイドロサスが完全ではないのでショックの吸収がいまいち・・・というのだが、今はそれ以前の話。まずは上手く走らせなくては。
ブレーキボタンを踏んでみるが、これは見かけとは裏腹に普通に効いた。
先程、走る前にリアシートに座ったが、驚くほど柔らかいシートで体が沈み込む。どこかの威厳あるホテルのロビーにでもありそうな、何とも言えない気持ち良さだった。
走り出して、車を操作することに気遣うものの、それでも乗っていることの気持ち良さは何とも言えない、まるで別世界の空間に居る感じが何とも良い。
この味わいあるゆったり感、飛ばして走ろうなどとは思わないし、独特の操作も、慣れればきっとスムーズに車を走らせられそうだが、服部選手曰く、この操作のむつかしい車を、事も無げにスムーズに走らせることが粋なのだと。
なるほど、納得。
技術的にも先進の車だと知った。シトロエンDSはシャルル・ドゴールが好んで大統領専用車にしていたことも有名な話で、つまり高級車/大型車というイメージを持っていたのだが、このDS20は大きく見えるボディながらもエンジンは2リッター、車重は1.2tしかないとのこと。何故そんなに軽いのかというとボンネットはアルミ製であり、ルーフは何とFRP(ファイバーグラス強化プラスティック)製とのこと。1955年に発表された車なのに、FRPを量産車、それもセダンに使ったのであるから驚きである。(因みに、FRPボディのロータスエリートは1957年の発表、同様のルーフ構造を持つスバル360は1958年の発表)
他では見ることの無い独創的なデザインのDSは、独創的なハイドロサスを装備し、独創的な車体構造を採用し、そして、独創的な操作系を持つ。
そこから独特の、何とも気持の良い乗り味を生み出しているのであるから、真に魅力に満ちた車である。
因みに、この車はDS21では無く、日本国内では販売の無かったDS20で、わざわざ輸入したとのこと、やりますねー。